退院後1ヶ月 初登校

退院後、1ヶ月位の娘の様子です。


2008年2月18日に退院しましたが、

インフルエンザの流行、本人の回復具合などからすぐには小学校に行けず、

退院後3週間は自宅から院内学級に通わせてもらっていました。


退院から1週間後の2月26日にマルク(骨髄検査)

  血液検査の結果
    白血球     1,330
    ヘモグロビン   11.0
    血小板      13.1
    CRP        0.07

特に異常はなく、鼻水が少し出るくらいでした。



小学校に戻るにあたって、担任の先生から5年生全員に

娘の病気について少し話をしてもらいました。
 
   血液の病気だったこと。
  
   うつる病気ではないこと。
  
   辛い治療で髪が抜けてしまったこと。
   
   感染が心配なので、マスクをして登校すること。

娘が、ウィッグをかぶっているということは言ってほしくないというので、

あえてそこには触れないようにしてもらいました。


娘も私も同席しなかったので、聞いた子供たちがどんな反応だったのかは

分かりませんでしたが、

担任の先生の報告では、みんな静かに聞いていたということでした。

 髪が抜けてしまったことは話さなくて良かったのかな、と今は思います。
 高学年なので、大丈夫!理解してもらえる!と期待していましたが、
 まだまだ子供、6年生になってからですが、いろいろありました。



3月10日

小学校に退院後初登校。

朝、当日の欠席者の様子を保健室の先生に聞いて、

特に大量の欠席者もいないということで、3、4時間目だけ出席。

ちょうど休み時間で、遊びに出ようとしていたクラスの男の子達と

昇降口でばったり会い、ダッシュで2階まで駆け上って

「来たぞ~」 とみんなを呼んで来てくれました。

マスク姿の娘は緊張していましたが、みんな口々に
  
「大丈夫?」
  
「久しぶり~」

「待ってたよ~」

と寄ってきてくれて、嬉しそう。

たくさんの子供たちと話しながら、2階の教室まで行きました。


いろいろと心配でしたが、とりあえず無事復帰。

先生にあいさつをして、娘を残し、私だけ帰宅しました。

  この後娘が帰るまでの間、
  気分悪くなってないかな~?大丈夫かな~?と
  携帯を握りしめてずっと考えていました。
  2時間、授業を受けてるだけなんですけどね・・・。


数時間後に無事帰って来た娘は、
    (しばらくは送り迎えしていたかな・・忘れてしまいました)
    
「めちゃめちゃ楽しかったぁ~」と、とても嬉しそうでした。

ただ、2階までの階段は「きつかった~」そうです。



このころは、卒業式の練習真っ盛り。 (娘は当時5年生です)

まだ体育館での練習には参加できません。

外から覗いたり、暖かい保健室で待たせてもらったり、

卒業式当日は、式が終わった頃を見計らって登校したりして、

たくさんの人に接触しないようにしながら1、2時間登校をしていました。



退院後2回目の外来は骨髄検査から2週間後でした。


 血液の検査結果
   白血球     8,350
   ヘモグロビン  13.1
   血小板     15.4

白血球が多すぎて (普通この時期は2,000前後らしい) びっくりですが、

そのうち5,000が 好酸球 ということで、花粉症と診断されました。

もともとアレルギー体質で、花粉症もいつかは来るなと予想していましたが、

こんなに早く来るとは・・・。

クリーンな空気の中に7ヶ月もいたので、

突然スギ花粉にさらされていきなり発症してしまったようです。

抗アレルギー剤のアレジオンを処方してもらいました。

途中やめてもいいよと言われた時期もあったのですが、

本人の希望もあり、この後1年以上の間服用していました。


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退院後2~3ヶ月 新学期

退院後2ヶ月経過、6年生の新学期の様子です。


5年生の3学期は、最初は2時間登校から、

給食も食べ・・・昼休みも・・・と徐々に時間をのばしていきましたが、

すぐに春休みに入り、結局1日中登校することはありませんでした。

まあ、それはそれでちょうどいい休養になりました。


春休みが終わり、6年生。

娘の小学校は毎年クラス替えがあり、同時に担任の先生も変わります。

6年生の担任は優しそうな女性の先生で、ちょっと安心。

4月、5月は、微熱が出て休むことはありましたが

連日寝込むようなことはなく、翌日には登校できました。

集団行事の入学式や歓迎遠足にも半ば強引に参加しました。

   (何にでも出たがり、ブレーキをかけるのが大変でした)


4月・5月の血液の検査結果
   白血球    3,990   4,180   3,870
   ヘモグロビン  13.7    13.9    14.6
   血小板     13.1    12.1    15.2

  3月の15万から13万、12万と微減の血小板。
  実はとても心配で、次回の採血までがとても長く感じていました。
  結局はなんということはないただの微減なのですが、
  自宅簡単採血&検査キット (ないですよ) が発売されようものならば
  1番に購入してしまいそうなくらい心配。
  かといって看護師の資格を持っているわけでもないんですけどね。




ついでに、私ごとです・・・

参観日。

1回目(4月)は娘が熱を出し、欠席したため出席できず。

     (心の中ではちょっとほっとしました。)

2回目(6月)

参加しようかどうしようか、とても悩みました。

泣かないで授業を参観できるのか自信なかったし、

ほかのお母さん方からどんなことを聞かれるのか、何と答えようか、

という不安もありました。

今回のことは仲の良かったお母さん数人には話していましたが、

それ以外のお母さん方がどれくらい娘の病気のことを知っているのか・・・

変なうわさが流れていないか・・・そのうわさが独り歩きしていないか・・・

などなど、考えるときりがないのですが、

とても気になってなかなか出席する勇気が出ませんでした。

でも、娘の姿を見たい!という気持ちのみで頑張って行きました。



「良かったね~。心配したよ~。」

と明るく声を掛けてくれるお母さんもいて嬉しかったですが、

全体的には、かえって気をつかって近寄りにくい・・・

という感じだったのかな?

それとも私が 近寄らないでオーラ を出していたのか??

話込むことなく、先生とだけ話をして帰ってきました。

泣かずに参観出来たので、クリア!としましょう。


私にも心のリハビリが必要でした。 (^_^;)


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退院後4ヶ月 運動会

2年前(小6)の記録に戻ります・・・・・。




退院後4ヶ月経過、6月に運動会がありました。


主治医の先生と相談した結果、

見学はOK、競技への参加は見合わせです。

6月とはいえ炎天下が予想されます。

高学年恒例の組み体操も体力的にまだちょっと無理です。

娘はとても残念がって、応援団だけでも!と先生に交渉しましたが、

日陰にいましょうということで、NGでした。


ちょうど放送委員だったので、テントの中で委員会の仕事に

専念させてもらうことでなんとか納得しました。

この放送委員の仕事、競技には参加できなくても

運動会に参加しているという実感が持てて良かったですよ。

ずっと座っていても違和感ないし。

私もいつもと違った角度で運動会を見ることができて、面白かったです。

それまでは気付きませんでしたが、放送委員の子供たちって

競技の実況中継のようなこともしていたんですね。

なかなかなものでした。 (またも親バカですが)

   途中、ここまで元気になったんだ・・・と思うと
   涙が止まらなくなりました。
   顔を隠す、大きめの帽子は必携ですね。



初夏に入り、ウィッグはかなり暑そうでした。

学校から帰ると汗びっしょりで、はずすと、解放された~という感じ。

髪はもう少しでベリーショートに届きそうで、あとちょっとです。

        (男の子なら迷わずGOサイン)



ただ、このころの娘は、吐き気や頭痛、足が痛いと頻繁に訴えていました。

鼻血も良く出ていました。(もともと出やすい子でした)

暑さ、頑張っているストレス、疲れ・・・・・・

いろんなことが重なっていたからだ、と今ならば冷静に思えますが、

当時の私は、後ろ向きなことを考えては一人で落ち込んでいました。

         (今でもいっぱい余計なこと考えますけどね・・・)


6・7月の血液の検査結果

   白血球    3,500   3,740
   ヘモグロビン  13.6    12.8
   血小板     15.8    17.3



追記

退院から半年は、体育は見学していました。水泳もNG。ウィッグの事もあり、体操服に着替える時は保健室で・・とお願いしていましたが、着替えずにそのまま見学したり、保健室で休ませてもらっていたりしていたようです。
その後2学期に入り、体調と相談しながら、徐々に参加していきました。

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退院後5~7ヶ月 夏休みと新学期

退院後5ヶ月が過ぎた頃、夏休みに入りました。


はじめは 元気なだけでOK! と思っていたはずが、

少し元気になるとだんだん欲が出て、

今のうちに取り返せば中学校で困らないよね~と思うようになり、

フルでの塾通いを申し込んでしまいました。

娘は娘で、退院したらやろうと思っていたことが出来る嬉しさで、

塾が休みの日にはお友達と遊びに出掛けたり、プリクラをとったり、と

連日動き回っていました。

私も、娘が元気になっていくことが嬉しくて、

疲れがたまっていることに気がつきませんでした。

7月には休職していた仕事にも復帰し(アルバイトですが)、

すべて順調、順調・・・と思っていました。



そして新学期。

初日から微熱(37度台)と足の痛みで欠席。

以後2週間、熱や頭痛や吐き気、足の痛みで、

休んでは登校、休んでは登校。

体の不調と同時に、娘の心も少し疲れていたようです。

いろいろなことに悩んでしまい、

夜眠れなくて、朝起きられない日が続きました。

9月は結局、早退も含め半分を休んでしまいました。



9月(退院7ヶ月後)の血液の検査結果
   白血球     5,620
   ヘモグロビン   13.7
   血小板      17.1

血液の値は特に異常がありません。むしろ順調なくらいです。

退院後2回目のマルク(骨髄検査)の結果も異常なしです。



無理をした夏の疲れが出たのでしょう。

急ぐとダメですね。

あの辛い治療から、まだ半年です。

体と心と相談しながら、ゆっくり、ゆっくり。



10月の修学旅行に行けるのかどうかとても心配でした。


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退院後8ヶ月 修学旅行

退院後8ヶ月経過、2008年10月の様子です。


5年生の宿泊学習(3泊4日)は入院中のため参加できず悔しい思いをしたので、

娘も私も6年の修学旅行(1泊2日)はなんとか!!と思っていました。

その一方で、9月は体調が悪く出席と欠席が半々だったので、

行けないかも・・・と覚悟もしていました。


そして直前の外来 (9月末)

特に血液数値に問題はなく、主治医のOKが出ました。

娘は大喜びです。

もちろん私も嬉しかったけれど、

1泊2日のスケジュールがかなりハードだったこともあり、

隠れて後ろからついて行きたいくらい心配でした。

実際、旅行中いつ連絡が入って

「迎えに来てください」 

と言われてもいいように、常にスタンバイOK状態でいましたが、

こちらの心配をよそに、楽しそうに出発して楽しそうに帰ってきました。

  それどころか、宿泊先で盛り上がりすぎてなかなか寝なかったらしく
  同室のみんなと一緒に先生から大目玉を・・・・・
  というお土産話まで持って帰ってきました。(^_^メ)



この頃は、まだ、微熱、足の痛み、鼻血が時々あり、

その後徐々に徐々にその頻度は減っていきましたが、

この症状は退院後1年以上続きました。



10月の血液の検査結果
   白血球     5,580   
   ヘモグロビン   13.0   
   血小板      17.2   


10月の処方を最後にバクタが終わりました。(退院後9ヶ月目まで飲む)

錠剤を飲むのはわりと平気な方でしたが、

バクタは大きい錠剤なので、さすがに大変でした。

でも、これで最後。

娘の提案で1錠だけ記念にとってあります。 (^_^;)



血液の詳しい検査の結果、もう予防接種も大丈夫!と言われ、

11月に入ってから、近所のかかりつけの小児科で

インフルエンザの予防接種を2回受けました。

小さい頃から極度の怖がり&痛がりで

この小児科の玄関前に立つだけで大泣きしていた娘が、

泣くこともなく冷静に注射に臨み、

  「すぐ終わったし、ちょっと痛かっただけ」

などと大胆発言する姿を見て、

入院の経験が一回り成長させてくれたんだな・・・と思う反面、

それだけすごい経験だったんだよね・・・

できることならさせたくなかった経験だったな・・・

と複雑な心境でした。


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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(19歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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