骨髄抑制期 ①

2007年8月14日~20日




骨髄抑制期に入る。この間2~3週間とのこと。

ここを乗り越えると寛解導入一回目終了だ。

まぁ、そう簡単には終わりませんが・・・。



14日に熱が出始める。38度台。おなかを痛がる。

血小板を輸血しながら、ドレミちゃんのビデオをちょっと

つらそうな顔だが観る。幼稚園の頃によく見ていたビデオを

自宅から持ってきてもらったのだが、結構ヒット。懐かしんで観ている。



だんだんおなかの痛みが増し、なぜか背中をさすっていると安心するらしく、

ずっとずっと手のひらでさすり続ける。

疲れてやめると目が覚めて 「やめないで」 と言う。

ベッド脇からの体勢が辛くて手の甲でさすっても ダメ出し。

手のひらで同方向に  でないとダメらしい・・・

夫が休日のため、昼間はこの ”背中さすり” を代わってくれた。

その間私はベッドサイドで簡易ベッドを出して仮眠できた。



この1週間、白血球の数は200~500台を行ったり来たり。

赤血球と血小板は下がると輸血を繰り返す。

CRPは0.13→1.42とじわじわと上がり始め、

膵臓の異常をあらわすP-AMYとエラスターゼの値が上がり、

   「膵炎かな? 薬を投与して様子を見ます。」

低い値のNaも補充していた。

とにかく低いものは補充し、抗生剤で炎症を抑える・・・という感じ。

点滴の数が多くて、いくつもの機械が点滴棒 (なんていう名称ですか?)

に くっついていた。

おなかの痛みに関しては、超音波検査の結果から

腸炎で腸がむくんでいることが判明。



15日の夜にはベッドと簡易トイレを何度となく行き来。

    娘は枕をおなかに抱えたままトイレに座り込み、

    私がその前に椅子を持ってきて向かい合って座り

    膝にまくらを置いて、娘がそこにうつぶせてうずくまる。

    長い時は1時間位。

    その姿勢で背中をさする。

    おなかが落ち着いたらベッドに戻る。

それを何度も繰り返すうちに夜が明けた。



結局、痛み止めに モルヒネ を使う。

昔のイメージがあってびっくりするが、今はひどい口内炎でも使うそう。

微量を24時間点滴。痛みがひどい時にフラッシュしてもらう。

   (一時的に1時間分?をいっぺんに入れてもらうことです)



このおかげで、親子とも少し寝れるようになった。



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骨髄抑制期 ① 傷

2007年8月18日




入院時から毎日消毒を繰り返していた左ひじの傷。

皮膚生検の結果は、 腫瘍細胞の浸潤 だった。

記憶があいまいなので詳しい日付はわからないが、

形成外科の先生に切開して頂いていた。

膿がたまってしまってはこれから先が大変だからだろう。

結果、白血球が少ないのでバイ菌と闘うことさえできず膿にもなれず、

さらさらしたものが流れ出てきたと主治医のS先生がおっしゃっていた。


傷を縫うことはせず、開いたままで、毎日1回生食水で洗い流す。

痛みはきっと大人でも耐えられないからと、軽い麻酔で眠らせてから

処置してもらっていた。(病室で)

眠っているとはいえ、「いた~い!いた~い!」という声は病室の外まで

聞こえてきて、とても辛かった。

毎日麻酔・・・大丈夫なのかと心配だった。

主治医のS先生からも、

  「毎日はやはり・・・そろそろ麻酔なしで洗えるんじゃないか」

と言われ、怖がりの娘にできるのか、早く麻酔をやめてもらいたい、

の両方の気持ちが混ざって複雑だった。



8月18日

この日は初めて麻酔なしでできた日。

明日から麻酔はなしと伝えたとき、娘は怖くて出来ないと言って泣いた。

当たり前だ。大人の私でさえ怖い。

でもね、いつかはやらないとね。冷たい母だ。



大人でも耐えられない辛いことばかり、

どうしてわが子が耐えなければいけないのだろう。









2010年2月23日(現在)


昨晩、ご飯を食べている時の話です。

夫は中学生の頃、大人になったら自分の給料でチョコレートをたくさん買って、

一人で思う存分食べたいと思っていたらしいです。

大人になったら、そんなことどうでもよくなって、実行せず。


私は、同じくスイカを丸ごと食べるぞ!と思っていました。

だって、おなか壊すからたくさん食べちゃだめって言われてたし・・・

で、

やりました!

丸ごと!!

でも・・・半分でギブアップ

しばらくはスイカを見たくなかったです。  (;一_一)


娘はというと・・・・・・

ネイル!!

ネイルサロンに行ってプロにきれいにしてほしい♥ そうです。

どうぞ、どうぞ。好きなだけどうぞ。


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骨髄抑制期 ②

2007年8月21日~25日



21日に熱が出た。 40度。

いきなりだ。



おなかの痛みは残るものの (モルヒネは継続中)

少し落ち着いてきてるかな・・・と思っていたら、

CRP (炎症反応) がとんでもない値に。

    2.34 → 7.36 → 11.01 

たった3日で・・・。

CRPって、二桁までいくんですね。
    (以降の治療ではもっと上がりましたがこの時点では最高値)

白血球は
    250 → 200 → 160

と、 0 までいくの??という感じ。
    (こちらも以降の治療でもっと下がります)



血液中にバイ菌がいないかを調べるために血液の培養に出す。

カビの検査も。

ヘモグロビンも血小板も下がるので、この5日間で4回輸血。

ほかにも数値の下がっているものをいくつか補充。

かろうじて膵臓系の数値だけは薬の効果で安定に向かっていたのが

救いだった。



血液培養の結果、黄色ぶどう球菌 が検出された。

どこかで聞いたことはあるけれど、どういう菌なのかは知らず。

有効な抗生剤を投与してもらっているようだから、信じて待つしかない。

レントゲンの結果、肺炎はなし。



熱ははっきり記録していないが 最高 40.8度 だったか。

41度を越えなければ大丈夫と言われたような記憶がある。








2010年2月24日 (現在)


期末テストの答案がどんどんかえってきます。

親子で  「 ・・・・・・ 」  (ーー;)



初心に帰ろう!

元気ならそれで充分!!

そうだ、そうだ!!! 元気ならそれで充分!!!!



でも、次は頑張ってね。  (^_^;)



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骨髄抑制期 ③

2007年8月26日~28日



25日頃から熱が37度台に下がりだし、

CRP(炎症反応)も落ち着いてきていた。

26日には CRP 3.89 まで下がった。

ただ、白血球は 150 と今回の底値。

相変わらず、赤血球と血小板は輸血が続く。



まだまだ油断はできないなと思っていたら、今度は 全身に湿疹

顔はむくんで赤黒くなってくる。

抗生剤を変更する。

輸血の後、利尿剤を投与して体のむくみをとることを目指すも、改善はなし。

水分の摂取を極力減らす。

一日中寝ている娘は、目が覚めると手鏡で自分の顔を確認しては、

赤黒くむくんだ顔が治るのか不安な様子。

このころには髪の毛もずいぶん抜けていたが、

表面上はそれを嫌がる様子は見せず。

しかし、1日中帽子をかぶり過ごす。(寝ている時も)




27日になって、またCRPが上がりだす。 6.87

血液の培養の結果、またも ぶどう球菌

1種類の抗生剤を変更。

尿検査で 糖定性+、血糖↑、たんぱく↓ などなど

このころの血液や尿検査の結果明細表にはあらゆる数値に異常値が出て、

↑だの↓だのたくさん印が付いていて、ここには書ききれない。




結局、28日に胸のカテーテルを抜いて、右腕に入れ直した。

ぶどう球菌がカテーテルに住み着いている可能性があるからだとか。

菌が住み着くって・・・

そんなことあるんですね。



頑張って入れた胸のカテーテルは28日間で終了・・・。



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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(19歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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