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回復の兆し

2007年8月29日~31日




白血球が増え始めた。 底は、今回 150

   300 → 480 → 470 

じわじわと増える。

30日には、担当のM先生が夕方病室にいらして、

    「好中球を 3個 みつけたよ!」
                ※好中球=バイ菌と闘う白血球のこと
と報告して下さった。

明朝でもいいことを 自分のことのように嬉しそうに

話して下さる先生・・・

ありがとうございます。

このシーン、胸に焼き付いています。



6.87 から二度目の急激アップ?と思っていた CRP(炎症反応)は

   4.38 → 3.77 → 3.34

と徐々に下降。

抗生剤の変更が効いているのだろう。 

先生方の素早い判断に 感謝 です。


モルヒネは

   減量 → 痛みが出て増量 → 31日に半減 その後打ちきり!

血液検査結果明細表にたくさんあった ↑ や ↓ マークも

ちょっとずつ減り始める。

所々でまだまだのものがあるため、そこだけをフォロー。

赤血球と血小板の輸血はもう少し続く。



全身の赤い発疹は 薬疹 の可能性も考えられるそうで、

抗生物質がひとつに減る。(それまでは2種類) 

ベテランの先生が病室を覗いて下さったときに、

    「発疹は骨髄性の子には時々見られるから・・・」

とおっしゃり、特別じゃないんだ と安心。

     (状態を見ると不安なんですけどね)

体全体が日に焼けたような黒い皮膚になっていって、

少しずつはがれ始めていた。

一皮むければきっと元の色白さんに戻れるよね。



食欲も復活傾向。

果物なら食べられるかもと言うので、缶詰のフルーツをリクエスト。

おかゆやゼリーも食べられるようになる。

体重は、結局、29キロまで落ちたところで止まる。
 (当時151センチ。何キロ減かは書いてほしくないそうなので内緒です)




さあ、明日からは新学期!!!

院内学級に初登校となるか!?







2月26日(現在)


オリンピックのフィギュアスケート。

もちろん真央ちゃんとキム・ヨナの戦いにも涙しましたが、

私はひそかに鈴木明子の演技に感動!!!

よくぞここまで復活してくれました。って偉そうですが (^_^;)

滑れることが幸せ!!という気持ちがあふれているようで、

思わず泣いてしまいました。

あっこちゃんに続け!!!です。



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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

院内学級始業式

2007年9月1日~10日  



入院していた病院には院内学級があった。

小学校 と 中学校   (娘は当時小学5年生)

入院してすぐに小学校担当の先生が病室にあいさつにいらした。

でも、正直それどころではなく、お世話になりますとだけ話したと思う。

ちょうど夏休みで、治療中に学校について何も考えなくてよかった。


院内学級で授業を受けるためには転校手続が必要だ。

転校・・・今いる小学校を転出するのはかわいそうな気がして、

私が教えるから(なんとか頑張ろうと思った) 今の学校に籍を置いたままに

したかった。 だから、手続きはしていなかった。



8月の終わりに小学校の担任の先生が面会にいらして、

転校手続きをとって下さいとお願いされた。

とてもいい先生で、

  「帰って来るのをみんなで待ってますから」

とおっしゃってくださり、

1ヶ月が過ぎて気持ちも落ち着いてきていたこともあり、夫が手続きをした。

8月31日のことだ。



3日 始業式

院内学級の教室は、移植センターを出てすぐの血液内科の病棟内にある。

娘はまだセンターから出られないため、転校先の小学校の校長先生と

教頭先生、教務主任の先生、院内学級の先生 の5人が病室にいらして、

一人だけの始業式をしていただいた。

なんて贅沢!!

もう一人2年生の男の子がいると聞いていたが、同じセンター内の無菌室に

いることが分かった。そのころは小学生は二人だけだった。



ちょうど回復期。元気になっていくのと同時に学校が始まった。

ナイスタイミング!!

しばらくは病室内で課題をやったり、マンツーマンで

授業をしてもらったりした。

週に1回はボランティアの外人さんの英語の授業もあった。

なんてお得!!

本当に、恵まれている。



このころの血液の検査結果 (9月1日~10日)


 白血球
    480   →   520   →   610   →   880  →   1,380   →   1,870

 ヘモグロビン 
     9.9   →   9.8   →   9.9   →   10.3   →   11.2   →   10.8

 血小板
     3.6万 →   3.2万 →   2.4万 →   6.2万 →   8.1万 →   10.2万 


上がる、上がる。 いい感じだ。

10日には CRP (炎症反応) もほぼ正常値になり、

抗生剤、抗真菌剤 (カビ対策) も中止になった。



好中球(バイ菌と闘う白血球) 12個 (9月3日)  →  618個 (9月10日)

治療開始後初めてシャワー室まで歩けた、とメモがある。

ずっと車いす移動だったんだ・・・と、再認識。







2010年2月27日(現在)


珍しく、部活が休みの土曜日です。

午前中はゆっくりとくつろいでいましたが、

午後から、友達の家に行く!と言っていなくなりました。

部活が休みの日があったら洋服を買いたいからお母さんと買い物に行く!

と言っていたのですが、オシャレと友達は友達の勝ちみたいです。

いや、母 VS 友達かな??

また留守番です・・・ (+_+)

髪でも切りに行こうかなぁ。



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傷 その後

2007年9月4日



入院時(7月26日)から毎日、8月18日からは麻酔なしで続けてきた

左ひじの傷の処置。

だんだん表面に皮膚が覆って、痛みも減ってきていた。

子供だから、早い。(大人はこうはいかない、と先生もおっしゃっていた)

処置中は病室に入らないで と娘が言うので、いつも病室の外で待機。

もう泣いたりせずに洗い流すことができていた。


入室するのはいつも包帯を巻いた後なので傷の治り具合は確認できな

かったが、もうそろそろ自分で洗えるんじゃないかな と主治医のS先生と

形成外科の先生。

傷口は水道水で洗い流すのが一番だそうだ。


またまた、次のステップへ進む時が来た・・・と心配したが、

痛みや恐怖が伴わないのは本人が一番わかっているので、前回のように

泣いたりはしなかった。



病室の洗面台で自分で傷口を洗う初めての日。

娘は  慎重派なので、痛くないようにゆっくりゆっくり・・・・・・

その間、30分ぐらいだったかな。

娘の後ろで、主治医のS先生、M先生、形成外科の先生、院内学級の先生、

看護師さん・・・とたくさんの方たちが見守って下さった。

皆さんお忙しいのにずっと。

(こんな感動的な瞬間に私は病室入り口で覗くだけ。娘の許可下りず・・・)



たくさんの方たちに助けられている・・・と実感した時間だった。

お忙しい中、親身になって下さって本当にありがとうございます。



石鹸でそーっとそーっと洗うと、

周りからアカがいっぱい出てきたそうだ。



ここまで、本当によく頑張ったね!!!




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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(19歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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