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再発確定まで(2010年8月)

娘の今後も決定したことだし、闘病記に戻ります。

再発から移植前の3回の化学療法までの記録です。





2010年8月19日

初発の治療(5回の化学療法およそ7ヶ月)退院後、2年半目の外来


外来前1週間は不安な気持ちが湧いてきていつも嫌だったけれど、

1ヶ月 → 2ヶ月 → 4ヶ月 と外来の間隔がだんだん開いてきて

少しずつその不安の量が無意識レベルでは減っていたのかもしれません。

今思えば今までで一番、言葉は適確ではないけれど油断して臨んだ外来

でした。


朝から晩まで部活に夢中の娘。

腹痛や足、頭痛、吐き気、・・・いろいろ訴えるけれどどれも一過性、

すぐに消える。

日頃の疲れが溜まっているからね~と、悪い事は考えないようにしていた、

そんな日常の中での外来。

先生に聞いてもらって安心して帰ろう・・・そんな気持ちでいました。



いつものように採血して、売店で買った遅めの朝食をとり、

少しゆっくりしてから外来へ・・・

1時間ほどして呼ばれた診察室で、

ドクターから「ここ最近、風邪引いたりした?」と真っ先に聞かれる。


まさかの数値ダウンでした。      (8月19日の結果)


採血結果を聞いた時は、

心の準備がまったくと言っていいくらい出来ていなくて、

そのことの意味することがすぐには理解できなくて、

思考が止まってしまった感じでした。



その後、数日あけて再検査。      (23日)

血液の数値が微妙な値から上がらず、下がらず・・・

何が起こっているのかはこの時点では何も確定できないみたいでしたが、

ドクターからは「骨髄異形成症候群」という言葉も。

どうしていいのか、どう考えればいいのか・・・

まったく分かりませんでした。



1週間後にもう一度、と言われる。




娘はしばらく部活をお休みすると決めました。

私も仕事を少しの間休むと連絡を入れる。

そして、考えることを避けて、二人で遊びまわりました。

映画、カラオケ、ゲーセン、プリクラ、美味しいものを食べ、

可愛い洋服や欲しいものを即決で買いまくり、

とにかく、考える時間を作りたくなかった。



でも・・・・・

昼間はなんとか楽しく過ごせましたが、夜になるとだめでした。

娘は毎日泣いていました。

再発?いやそんなはずはない・・・私も心が揺れていて、娘にどんな言葉を

かければいいのか分かりませんでした。




そして、8月30日。

3回目の外来。

マルク

その日はかねてから予定していた院内学級でのミニチュアスイーツ作りの日。

娘と二人、恩返しのボランティアのつもりでいろいろと準備していました。

娘は、「予定は変えない! 院内学級に行く!」 と言ってきかず、

マルクの麻酔と眠気からやっと醒めたかな?の状態でそのまま小学部へ。


しばらくはスイーツ作りに熱中しましたが、

楽しい事をしているのに、心ここにあらずの状態でした。






夕方、マルクの結果が出て、再発が確定しました。  (30日)

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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

2度目の入院 (2010年9月)

2010年9月1日 入院


中学2年生、2学期の始業式の日でした。

30日夕方の主治医との電話で、

  再発と分かったからには全身状態がいいうちに治療を始めた方が・・・

という話だったので、さっそくベッドが空く1日に入院。


しかしあまりにも突然の入院。

学校の、というか女バレのみんなにどうしてももう一度会いたい!

と娘が言うので、我がままを聞いてもらって入院後すぐに外出許可を頂いて

午後から学校体育館へ。

女バレのみんなの前で、娘自身の口から、

今日から入院すること、病名、病院名、再発したこと、移植すること・・・

すべてを話す。

  もちろん、「お母さんは付いて来ないで!」 と言われましたので、
  あとで本人と顧問の先生から聞いた話です。


聞かされた子どもたちはショックが強かっただろうと思います。

ごめんね。

みんな泣いていたそうです。

娘は、目を合わせると自分も泣いてしまいそうだから、下を向いて

床を見つめながら、頑張って泣かずに最後まで話したらしいです。

きっと、今の自分の状況を受け入れよう、これから頑張ってくる!という

娘なりの「決意表明」みたいなものだったのではないでしょうか。


潔い娘です。


私はというと、何かの間違いでそのうちに血球が上がりだすんじゃないか

とまだ思っていて、現実を受け入れられず、腹もくくれず、これから先

娘のために自分は何すをればいいのかも冷静に考えられず・・・

ただただその日の予定を頭からっぽのままこなしているだけでした。



  17時半~ドクターよりこれからの話。
  主治医が今日から赴任された女医さんに代わる。
  さっそくバクタが始まる。
  量が前回より1.5倍になっていて驚く。
  それだけ体が大きくなったんだと変に冷静に妙に納得するとともに、
  バクタを飲む=治療がまた始まる・・・と現実を突き付けられる。
  夜は眠れず、夜中に二人で病室を抜け出して相談室でしばらくの間
  おしゃべりしていました。

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ピック挿入

2010年9月2日 (入院2日目)


採血結果
    白血球・・・・・・  2,490
    ヘモグロビン・・・ 13.1
    血小板・・・・・・・・ 8.8万
    好中球・・・・・・・・ 19.5%

この数値ってそんなに悪い?ほんとにもう上がらないの?と思っているのは
私だけで、事はどんどん進む。



左手にルートを確保して、心電図、心エコー、胸部レントゲンと
次から次へと検査。

合間に、院内学級中学部へ。

その後、右腕にピックを挿入。

   胸から入れるのは移植の時のためにとっておくとか。
   あわよくばこのまま移植までいければ・・・だそうです。  
    (最終的には移植前に右胸にCVを入れました)
   娘は左肘に前回入院時の治療痕があるので、
   利き腕は右ですが右腕にピック挿入となった。はずです。

  

明日からの治療に備えて、夜から輸液点滴が始まる。

4人部屋の女の子部屋。小学生が3人の楽しそうで明るい雰囲気でした。
点滴が開始になり、夜中のトイレは大丈夫だろうか???だったけれど、
久々の病院とはいえ中学生だし、同室の小学生の手前もあるだろうし・・・
で、私は帰宅。


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移植前 寛解導入1回目 (2010年9月3日)

入院3日目。
さっそく寛解導入療法が始まります。再発確定から4日後。



寛解導入① 1日目


昨夜の輸液点滴開始後、娘、夜中に一度もトイレに行かなかったそうで
朝いちで利尿剤。

   緊張のあまりなのかな? 
   もともとトイレは遠いけれど、一回もって。ため過ぎです。(-_-;)


9時半より、新しい主治医から治療計画もう一度説明あり。
相談室にて。娘は参加せず。

   (一部、入院当日の内容を含む)
   マルクの結果、骨髄に20%ほどの白血病細胞があり再発している。
   今後好中球や血小板などが徐々に減少すると思われる。
   再発のため、移植が最大の治療となる。
   前回同様化学療法を行い寛解に入ってからの移植を目指す。
   家族とのHLA(白血球の型)は 5/6 一致すればOK。合わなければ
   バンクに登録。
   その場合早くて3ヶ月の期間がかかり、見つからなければ臍帯血を
   検討するが、娘の場合は骨髄バンクを優先させる。
   
   そのほか移植合併症の話等も説明して下さいました。
   厳しい内容も多々ありましたが、疑問・質問にも丁寧に答えていただき、
   全体的には分かりやすくだいたいの理解は出来たと思います。




いよいよ治療が始まる。
1回目は12日間 (初発と同じプロトコール AML05) 
長いです。

入る薬は  まずは  エトポシド (5日間)
       その後  ノバントロンキロサイド (5日間) & 髄注1回
       最後に  キロサイドのみ (2日間)



まずは、ファンガード(カビ予防)点滴。

11時~ エトポシド が入る。

娘はその時、確か院内学級中学部で勉強中でした。
薬が始まったので移植センターのクリーンルームへ移動するとのことでしたが
娘の希望で部屋移動は午後からにしてもらう。

   看護師さんも半分くらいは顔見知りだし、慣れているからか
   要望をしっかり言う娘です。
   それだけ大人になったのかな。
   ただの我がままとも取れそうな要望でしたが、ちゃんと受け入れて
   もらえました。 


クリーンルームが空いていなくて、移植の時に入るガラス張りの無菌室へ。

   なんだか、複雑な気持ち。
   でも、予行練習、予行練習。

さっそく水分摂取量、尿の回数、便の回数・・・の表の記入を開始する。

   これは昨夜の輸液開始時からだったかも、です。

吐き気が少々やってきたが、まだまだ元気なので、わ~わ~きゃ~きゃ~と
親子でゲームで盛り上がり、多分お隣患者さんたちのヒンシュクをかった・・
と今になって思う。ごめんなさい。


夜になって急に「ドナーさんが見つからないかも・・・」と泣きだす。
私はそばで何も言えず。



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移植前 寛解導入1回目 (2010年9月4日~14日)

1回目の寛解導入12日間の様子、前回の続きです。



寛解導入① 2日目

     白血球 ;    2,330
     ヘモグロビン;  10.8 
     血小板 ;    7.3万


11時~ エトポシド

昨日より始まった寛解導入療法 まずはエトポシドが1日1回入ります。

さっそく吐き気が襲ってきて 嘔吐×4回  1日中吐き気が続く。

それでも昼間はわりと明るくしていて、勝手知ったるなんとやら~で、
院内学級からボードゲームやパズルを借りてきては(私が)、二人で遊び
盛り上がる。
病室両隣りさん、ごめんなさい。

が、やはり夜になるととてつもない不安が襲って来るのでしょう・・・
   「治らないかも・・・」
   「なんで2回も・・・」
   「家に帰りたい・・・」
と言って泣く。

アタピーを自分で看護師さんにオーダーして眠りに就く。



寛解導入① 3日目


11時~ エトポシド

この日は18回目の結婚記念日前日でしたが、お父さん明日の面会が微妙な
ため、無菌室で3人で写真を撮る。
実は3年前の初発入院時もベッドの娘を囲んで撮りましたので2回目~。苦笑

16時から20時 お昼寝
吐き気は少しだけ減少で、寝れるときに寝ておこう!で延々と寝ていました。



寛解導入① 4日目

     白血球 ;    1,690
     ヘモグロビン;  10.2 
     血小板 ;    6.3万


11時~ エトポシド

頭痛でカロナール

11時のエトポシドで1度起きるも、それ以外はひたすら寝る。
起きている時はマンガを(これも勝手知ったる~でプレイルームより拝借)
読みまくっていました。学校に行く元気はなし。



寛解導入① 5日目


11時~ エトポシド

頭痛あり

クリーンルーム(準無菌室)が空いたので移動。
この日は院内学級へ行く。

ぼそっと話す。
   「○○先生(心理療法士さん)や看護師さんと話がしたい」
   「○○くん(移植経験者)に話を聞きたい」



寛解導入① 6日目 

     白血球 ;    1,930
     ヘモグロビン;  10.2 
     血小板 ;    5.5万


10時30分~髄注 ←薬剤の記録が見当たらず。多分メソトレキセート他数種
12時~ ノバントロン ←これ、青いです!
13時30分~ キロサイド

ルンバール(髄注)のついでに右手に入っていたピックを左手に入れ替える。
   実はピック挿入時から血管痛が続いていて、そのうち慣れるだろうと
   時が経つのを待っていましたが痛みはなかなか引かず、それどころか
   前日にとうとう腕の血管に沿って赤く炎症が見え始めたため入れ替え。
   という経緯です。

HLA合わず、の結果が出て、バンクへ登録。
   親子が合う確率は低いと聞いていたのでこの結果は想定の範囲内で
   特にがっかりはなし。やっぱりね、残念だけど・・・程度。(私は)
   娘はどう思っていたのだろう・・・。
   きっと不安で不安でたまらなかったでしょう。
   でも「お母さんからは貰いたくないから良かった」とも言っていました。
   強がりなのか?それほどに嫌われたのか?よく分かりません。


○○先生(心理療法士さん・女性)と1時間ほどお話 (私は同席せず外出)

その後吐き気もなくわりと元気。



寛解導入① 7日目 


10時~ ノバントロン
11時45分~ キロサイド
24時間畜尿

ノバントロンが入り始めたためか久々に本格的な吐き気がくる。
吐き気止めにプリンペランを点滴で入れてもらうがあまり変わらずで
14時30分~アタピーで寝る。



寛解導入① 8日目

     白血球 ;    1,100
     ヘモグロビン;   9.5 
     血小板 ;    4.3万


10時~ ノバントロン 
11時~ キロサイド

吐き気ますますアップ
嘔吐×4回

ノバントロン対策&あの青い色を見たくないから・・・、ということで
朝1番にシャワーを浴びてアタピーを入れてもらい寝る。

全てが終わったころに目が覚める。とりあえず作戦は成功。
でも気持ちが悪いのは変わらず、よく吐くので喉が痛くなる。



寛解導入① 9日目


10時~ ノバントロン
11時~ キロサイド

右手ピック痕の痛み引かず、硬くなっているので抗生剤ファストシン開始。
血液培養にも出す。

吐き気MAXの中、ノバントロン対策にとにかくシャワーと飲むべき薬(バクタ)
を飲んでしまってアタピーで寝る。
目が覚めると
   「どうして私だけ・・・」と泣く。
   「院内学級のみんなは元気なのに・・・」と。

ドクターより
   「HLAの合うドナーさんがたくさんいたのでさっそく選定に入りました」
と報告あり。
やった~! 1つクリア~! 1つずつ、1つずつ。

喉が痛いので痛みどめ(薬名記録なし)を入れてもらって寝る。
癖になる薬だと説明を受けたような・・・ペンタジンだったのかな~?



寛解導入① 10日目

     白血球 ;     550
     ヘモグロビン;   9.2 
     血小板 ;     2.8万 ←輸血


10時~ ノバントロン
11時~ キロサイド
血小板輸血

朝から胆汁(緑色)を吐く。
シャワーはパスして8時45分アタピーで寝る。

右腕の痛みは少し引く。
喉の痛みは変わらず。
「おなかが気持ち悪い」

食事を摂れてなくて、低血糖気味になり、輸液徐々にカロリーアップ。
AMY(膵臓系)の数値アップのため、詳しい検査に出す。

吐き気が辛いので、16時~プリンペラン 17時30分~オンダンセトロン 
18時~アタピー でやっとなんとか落ち着いて寝る。



寛解導入① 11日目

     白血球 ;     480
     ヘモグロビン;   9.0 
     血小板 ;     5.1万


13時~ キロサイド
   娘にとって魔のノバントロンは昨日で終わっています。


今朝は少し吐き気が減少。
喉が渇くのか水分をよく摂る。
おなかが痛くなり始め、ラキソベロン(排便促進剤)なしでも便が出る。
シャワーの準備するもクラクラして入れず。

午後からはいい感じ。久々に笑う。
笑って唇が切れて出血・・・ (-_-;)

先日検査に出した膵臓、軽いのかそれとも膵炎ではないのか?といった程度
とのこと。
   初発の時もAMYの値が高くなり膵炎疑いで薬を入れていました。
   経過が似ていてとても不思議でした。

夜「私、死ぬかも・・・」とぼそっと言う。



寛解導入① 12日目

     白血球 ;     490
     ヘモグロビン;   9.0 
     血小板 ;     3.9万


11時~ キロサイド

朝から腹痛(胃痛?)。
背中をさする。←これも初発時にず~とず~っとやっていました。
時々キュ~っとなるがしばらくさすっているとおさまる。
8時30分~ガスター(胃薬)点滴してもらってホットパックを抱いて寝る。

膵臓系の数値少し下がる。


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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(20歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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