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強化療法3回目

2008年1月11日



2回目の強化療法後、血小板は 5週間 で7.0万を超えた。

帯状疱疹にはなったけれど、感染を起こさなかったからか

1回目より1週間早かった。



11日から、最後の 強化療法3回目 を開始

これが終わって、回復したら退院だ!!


   その前に・・・ちょっとだけ・・・

   1月8日、院内学級3学期の始業式の後、

   お正月リベンジ外泊を1泊だけさせてもらった。

   (どんだけ悔しかったんだ!ですが、娘がどうしてもと・・・・・)



前日10日の検査結果
  
   白血球      5,140
   ヘモグロビン    10.2
   血小板       15.2
   CRP(炎症反応) 0.07以下


5日間の強化療法は 強化療法1回目と同じだ。

   初日に髄注(メソトレキサート・キロサイド・ハイドロコートン)
   ノバントロン を3日
   キロサイド を5日

すべて点滴。

キロサイドの副作用を抑えるステロイド(ソルメドール)の点滴と

ステロイドの目薬。


強化療法1回目と言えば、高熱でうわごとを言ったり

鼻血が止まらなかったり膀胱炎になったりの回だ。

要注意!!要注意!!


いつものように、でも 最後の 髄注から開始。



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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

強化療法3回目 ラストスパート

2008年1月11日~31日



最後の治療です。

もちろん髄注から。

でも、今回はこちらの気持ちの持ち具合が違う。

熱が出ても、これで最後!

食欲がなくても、これで最後!

少々のわがままを言われても、これで最後!

これを心のゆとりと言うのかな? (ちょっと違うか・・・)

ここまで大丈夫だったんだからきっと大丈夫だという、前向きな思い込み。

それでもいい、これで最後!

ゴールが見えると、違います。



髄注の後は、いつものようにずっと寝ていて、目が覚めたら夕方。

今回は初日から吐きまくっていた。

でも、食べたいという欲望はあるようで、

  「何か食べたい!でも気持ち悪いから無理!」

みたいなことをよく言っていた。

昼夜半分逆転?の生活で、夜中に急に冷凍ピザが食べたくなって、

静まり返ったセンター内にレンジのチーンの音を響かせたりもした。

  「遊びたい、でも気持ち悪い・・・」

  「体は動かさなくて、頭も使わなくていい、面白いことがしたい。」

と禅問答のようなことも言っていた。

折り紙もクイズもゲームもトランプもすべてやりつくしていて、

いい案は浮かばなかった。


17日

生理が始まる。

治療中は止まってしまう人がほとんどらしいし、うちはまだだったので、

微量の出血と聞いて、またも膀胱炎か?と思ったが、そうではなかった。

売店のパック入りのお赤飯を買ってきてお祝い。

退院したら、あらためてお祝いね! 
         (でもこの後はなかなか来なかったです)


21日

寝ている間に 耳から出血 しばらく止まらず。

でも、大事には至らず。

歯もぐらぐらしだした。

強化療法1回目の治療の後、乳歯2本のうち1本は抜いたのだが、

残り1本は6ヶ月は大丈夫と言われ、抜いていなかった。

その歯がぐらぐらしだして痛いという。いやな予感。


23日

37度台の熱が出だしたので抗生剤を投与開始。

念のために血液の培養に出す。


24日

熱が39度台になる。

39度→37度→39度を繰り返す。 最高 39.6度 

これってかなりの体力ダウンです。

この状態は29日まで続くが、CRP(炎症反応)は、3~5をうろうろで

それほどでもない。(入院当初は1.0でハラハラしていたような・・・)

もう一度血液の培養に。


25日

やはり寝ている間に 歯から出血 お蒲団にま~るく血のあと。



今回は、頭が痛い 足が痛い 歯が痛い と言い続けていて、

熱があろうが無かろうが、カロナールにだいぶお世話になった。



1月11日~30日の血液検査結果
 白血球
  4,800→ 3,010→ 200→ 130→ 70 → 60 → 70 → 80
 ヘモグロビン (輸血2回で8.0をキープ)
    8.9 → 8.7 → 8.2 → 8.6 → 8.0 → 11.2 → 8.3 → 7.2
 血小板 (輸血3回で2.0以上をキープ)
    15.2→ 12.5 → 6.2 → 1.8 → 3.7 → 4.8 → 3.5 → 4.3
   

血液の培養の結果は記録していない。

ここまで来ると、それが何なのかより、治る抗生剤をいれてくれればOK

みたいな感覚になっていたのかな?


CRP(炎症反応)は 5.21 が最高

輸血は回復期を入れると 計 9回

この回が、輸血時のブツブツの出る確率が一番高かった。
                  
ほとんどが血小板のときで、あっという間におなかや顔に広がっていく。

ステロイドを追加してもらったり、いったん止めて様子を見たり、

アイスノンで冷やしたりしてしのいだ。







2010年3月8日(現在)


3年生を送る会、無事終わりました。

楽しかった~!

"WON'T BE LONG" もしっかり踊れて、

3年生も ノリノリ♪♪~ で盛り上げてくれました。

いい先輩に巡り合えて、良かったね (^^)v


春には、かわいい後輩たちが入学してきます。

次は、いい先輩になる番!!

我が子の先輩姿ねぇぇ・・・・・・ (・・?

想像できませんが、楽しみです。



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強化療法3回目 退院まで

2008年2月1日~17日



白血球が上がり始める。(投与終了後17日目から上昇)


2月1日~2月17日の血液検査の結果

  白血球
    110→180→300→660→1,850→1,130→1,440→1,530  
  ヘモグロビン
    8.4→7.9→ 7.8→ 9.4→ 8.8→ 9.2→ 9.0→  9.3
           ↑輸血
  血小板
    5.8→2.9→ 6.0→ 3.0→ 4.4→ 3.5→ 3.1→  4.2 
       ↑輸血    ↑輸血(これが最後!)         


毎回、白血球がぽん!と上がりいったん下がるのは、

たぶん白血球を増やす薬をやめるからだろう。

血小板は、7.0まで回復するのに 5週間


2月に入り、「退院」の言葉が、あちこちからちらほらと聞こえてきて、

親子でそわそわし始める。

看護師さんたちに渡そうと、ビーズのチャームを大量に作る。



2月1日から、いよいよリハビリを開始!!

初日は、点滴棒?を押しながらセンター内をうろうろと10往復。

娘は 体育の授業 と呼んでいたかな?

後半は外来のリハビリ室で2、3段の階段の昇り降りも練習。



10日

ご飯が食べれるようになったので点滴が外れる。

つながれた生活終了! 身軽でフットワークも軽い。

ただし、まだ右腕のピックはつけたまま。



14日

7ヶ月の準無菌室生活にピリオドを打ち、センターとお別れ。

大部屋 (4人部屋) へ移動。

当たり前だが、女の子ばかりの部屋。

院内学級で仲良くしてもらっていた中学生のお姉さんと同じ部屋になり、

行けなかった宿泊学習気分で楽しそうだった。

私はこの日から退院の日まで、朝来て夜には自宅へ帰る生活に。

そしてこの日、主治医から正式に

   「 退院 はいつが都合がいい? 」

のお言葉!!!

待ってました!!!



15日

右腕のピックをはずしてもらう。実に6ヶ月ぶり。

心臓近くまで伸びた管なのでずいぶん長かったらしいが、

抜くときは、またしても娘から同席の許可下りず。

胸のカテーテルを1ヶ月弱で抜いて以来、ずっと右腕で頑張ってくれた。

お疲れさま。そして、ありがとう。



退院に際して、院内学級の教室で主治医と元校と打ち合わせも。

主治医の先生と校長先生、担任の先生、保健室の先生、院内学級の先生。

復学に当たっての注意事項等の確認をしていただいた。

近くの学校だったとはいえ、たくさんの先生に同席して頂き

本当に有り難かった。




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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(19歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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