Day400 気分一新

今日でDay400突破です♪

今日から3月。

まだまだ寒いけれど、春はそこまで来てるはず。

なので、ブログテンプレートも気分を変えてみました♪




いよいよ卒業式の練習も始まって、卒業まで登校日数あと10日を残すのみと

なりました。

体育の授業で縄跳びやらサッカーやらドッジボールやら、みんなで出来る

楽しい事をあれこれとしているらしく、「筋肉痛~!」「痛~い!」を毎日連発

してますが、とっても楽しそうでクラスのみんなとの日々が名残惜しそうで、

でも早く卒業したそうで・・・ (^_^;)

今が一番楽しい時なのかもしれません。

みているこちらもほんわかとした幸せな気持ちになります。




学校から戻ったら(ほぼ毎日徒歩下校)、気がつくとリビングで行き倒れた

ように寝ていたり、 ←これ、部活頑張り中の2年前頃によくみた光景。笑

ベッドにもぐって本格的にお昼寝したり、と近頃よくぐ~ぐ~寝てるけど、

こちらの精神状態も安定しているからかとってもほほえましく思えてしまう

今日この頃です。




テーマ : 日記
ジャンル : 心と身体

参考までに

闘病仲間やブログ等から知った情報で、自分で調べただけではたどり着かな
かった情報を記録として掲載しておきます。
  (ごく一部ですが、ぼちぼち追加していく予定)





がんの子どもを守る会

http://www.ccaj-found.or.jp/








独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 から

「病気の子どもの理解のために」という冊子が発行されているそうです。

学校の先生方へ向けての冊子や病類別の冊子もあります。

http://www.nise.go.jp/portal/elearn/shiryou/byoujyaku/supportbooklet.html








WT1ワクチン

http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~hmtonc/vaccine/

WT1ワクチン 小児

http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~hmtonc/vaccine/syounika.htm








大阪母子医療センター

http://www.mch.pref.osaka.jp/







毎日新聞 2012年10月4日(木)21時25分配信
<小児がん>福島で命つなぐ…県立医科大病院「ハプロ移植」


 原発事故の影響で子どもの避難が続く福島県。しかし逆に、県外から福島にやって来て命をつないでいる子どもたちがいる。国内で実施している病院があまりない小児がん患者への「ハプロ移植」が、県立医科大病院(福島市)で行われているためだ。【本橋由紀】

 「もう治療できません」。白血病と闘う女児(7)の父親(48)と母親(40)=北関東在住=は2010年の暮れ、当時の主治医からそう宣告された。

 女児は4歳で発病。白血球型が完全に一致している姉の骨髄を移植したが、2カ月で再発してしまった。ハプロ移植のことを知った母親は、移植に取り組む福島県立医科大病院臨床腫瘍センターの菊田敦(きくたあつし)医師(57)を訪問。「菊田先生から『大丈夫です。やりましょう』と言われた時は、神様に見えました」

 女児は昨年2月に入院。同3月12日から移植の準備に入ることになった。ところが同11日、東日本大震災が発生。混乱の中、予定より10日ほど遅れて女児は父から造血幹細胞の移植を受けた。帯状疱疹(たいじょうほうしん)、下痢、ぼうこう炎……。合併症で2カ月半ほど苦しんだが、現在の体調は安定している。「本当に大変でした。でも、ハプロをやらなければ、今こうしていられなかったかもしれない。やってよかった」と母親は言う。

 菊田医師によると、同病院では00年8月、当時1歳の男児に初めてハプロ移植を実施。これまでに約60件を手がけた。北海道や広島からも患者が訪れ「半数強が助かっています。亡くなった方の半分は合併症で、まだ今後の工夫の余地があります」という。子どもの白血病に詳しい中通(なかどおり)総合病院(秋田市)の渡辺新(あらた)医師は「従来助からないとされた子が半分助かっている。各施設でゼロからやるより、経験のある施設で症例を増やすことはいいこと。応援している」とエールを送っている。

 ◇ハプロ移植◇

 白血球型が半分だけ一致している親子などの間で行う新しい移植方法。治りにくい小児がんにも有効な治療方法として期待され、福島県立医科大病院や大阪府立母子保健総合医療センター(大阪府)などで取り組みが進んでいる。骨髄(こつずい)などに存在する血液を生み出す「造血幹細胞(ぞうけつかんさいぼう)」を子に移植するが、重い合併症を引き起こすこともある。










テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

再発確定まで(2010年8月)

娘の今後も決定したことだし、闘病記に戻ります。

再発から移植前の3回の化学療法までの記録です。





2010年8月19日

初発の治療(5回の化学療法およそ7ヶ月)退院後、2年半目の外来


外来前1週間は不安な気持ちが湧いてきていつも嫌だったけれど、

1ヶ月 → 2ヶ月 → 4ヶ月 と外来の間隔がだんだん開いてきて

少しずつその不安の量が無意識レベルでは減っていたのかもしれません。

今思えば今までで一番、言葉は適確ではないけれど油断して臨んだ外来

でした。


朝から晩まで部活に夢中の娘。

腹痛や足、頭痛、吐き気、・・・いろいろ訴えるけれどどれも一過性、

すぐに消える。

日頃の疲れが溜まっているからね~と、悪い事は考えないようにしていた、

そんな日常の中での外来。

先生に聞いてもらって安心して帰ろう・・・そんな気持ちでいました。



いつものように採血して、売店で買った遅めの朝食をとり、

少しゆっくりしてから外来へ・・・

1時間ほどして呼ばれた診察室で、

ドクターから「ここ最近、風邪引いたりした?」と真っ先に聞かれる。


まさかの数値ダウンでした。      (8月19日の結果)


採血結果を聞いた時は、

心の準備がまったくと言っていいくらい出来ていなくて、

そのことの意味することがすぐには理解できなくて、

思考が止まってしまった感じでした。



その後、数日あけて再検査。      (23日)

血液の数値が微妙な値から上がらず、下がらず・・・

何が起こっているのかはこの時点では何も確定できないみたいでしたが、

ドクターからは「骨髄異形成症候群」という言葉も。

どうしていいのか、どう考えればいいのか・・・

まったく分かりませんでした。



1週間後にもう一度、と言われる。




娘はしばらく部活をお休みすると決めました。

私も仕事を少しの間休むと連絡を入れる。

そして、考えることを避けて、二人で遊びまわりました。

映画、カラオケ、ゲーセン、プリクラ、美味しいものを食べ、

可愛い洋服や欲しいものを即決で買いまくり、

とにかく、考える時間を作りたくなかった。



でも・・・・・

昼間はなんとか楽しく過ごせましたが、夜になるとだめでした。

娘は毎日泣いていました。

再発?いやそんなはずはない・・・私も心が揺れていて、娘にどんな言葉を

かければいいのか分かりませんでした。




そして、8月30日。

3回目の外来。

マルク

その日はかねてから予定していた院内学級でのミニチュアスイーツ作りの日。

娘と二人、恩返しのボランティアのつもりでいろいろと準備していました。

娘は、「予定は変えない! 院内学級に行く!」 と言ってきかず、

マルクの麻酔と眠気からやっと醒めたかな?の状態でそのまま小学部へ。


しばらくはスイーツ作りに熱中しましたが、

楽しい事をしているのに、心ここにあらずの状態でした。






夕方、マルクの結果が出て、再発が確定しました。  (30日)

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ジャンル : 心と身体

2度目の入院 (2010年9月)

2010年9月1日 入院


中学2年生、2学期の始業式の日でした。

30日夕方の主治医との電話で、

  再発と分かったからには全身状態がいいうちに治療を始めた方が・・・

という話だったので、さっそくベッドが空く1日に入院。


しかしあまりにも突然の入院。

学校の、というか女バレのみんなにどうしてももう一度会いたい!

と娘が言うので、我がままを聞いてもらって入院後すぐに外出許可を頂いて

午後から学校体育館へ。

女バレのみんなの前で、娘自身の口から、

今日から入院すること、病名、病院名、再発したこと、移植すること・・・

すべてを話す。

  もちろん、「お母さんは付いて来ないで!」 と言われましたので、
  あとで本人と顧問の先生から聞いた話です。


聞かされた子どもたちはショックが強かっただろうと思います。

ごめんね。

みんな泣いていたそうです。

娘は、目を合わせると自分も泣いてしまいそうだから、下を向いて

床を見つめながら、頑張って泣かずに最後まで話したらしいです。

きっと、今の自分の状況を受け入れよう、これから頑張ってくる!という

娘なりの「決意表明」みたいなものだったのではないでしょうか。


潔い娘です。


私はというと、何かの間違いでそのうちに血球が上がりだすんじゃないか

とまだ思っていて、現実を受け入れられず、腹もくくれず、これから先

娘のために自分は何すをればいいのかも冷静に考えられず・・・

ただただその日の予定を頭からっぽのままこなしているだけでした。



  17時半~ドクターよりこれからの話。
  主治医が今日から赴任された女医さんに代わる。
  さっそくバクタが始まる。
  量が前回より1.5倍になっていて驚く。
  それだけ体が大きくなったんだと変に冷静に妙に納得するとともに、
  バクタを飲む=治療がまた始まる・・・と現実を突き付けられる。
  夜は眠れず、夜中に二人で病室を抜け出して相談室でしばらくの間
  おしゃべりしていました。

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ジャンル : 心と身体

ピック挿入

2010年9月2日 (入院2日目)


採血結果
    白血球・・・・・・  2,490
    ヘモグロビン・・・ 13.1
    血小板・・・・・・・・ 8.8万
    好中球・・・・・・・・ 19.5%

この数値ってそんなに悪い?ほんとにもう上がらないの?と思っているのは
私だけで、事はどんどん進む。



左手にルートを確保して、心電図、心エコー、胸部レントゲンと
次から次へと検査。

合間に、院内学級中学部へ。

その後、右腕にピックを挿入。

   胸から入れるのは移植の時のためにとっておくとか。
   あわよくばこのまま移植までいければ・・・だそうです。  
    (最終的には移植前に右胸にCVを入れました)
   娘は左肘に前回入院時の治療痕があるので、
   利き腕は右ですが右腕にピック挿入となった。はずです。

  

明日からの治療に備えて、夜から輸液点滴が始まる。

4人部屋の女の子部屋。小学生が3人の楽しそうで明るい雰囲気でした。
点滴が開始になり、夜中のトイレは大丈夫だろうか???だったけれど、
久々の病院とはいえ中学生だし、同室の小学生の手前もあるだろうし・・・
で、私は帰宅。


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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(19歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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