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寛解導入2回目 途中経過

2007年9月11日~10月2日



寛解導入2回目 

今回の治療初日(11日)は、

5年生の行事の中でもメイン中のメインのイベント 

「自然教室」 という2泊3日の体験学習の出発日だった。

もちろん娘も楽しみにしていた行事だ。

最悪の組み合わせ。 なにもこんな日に髄注・・・・・だ。

娘は日付を覚えていて、かなりブルーだった。 私もだ。



元気でいれば、きっと今頃は楽しく・・・と、どうしても考えてしまう。

というか、行けなくなるなんて考えもしなかったこと。

どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・・・・

考えてもしかたのないことなのだろうが、治療初期のころは

原因が知りたくてそればかり考えていた。





とにかく、早く治して早くみんなのところに帰ろう。





今回の治療中は 目が痛い、眩しい と訴えることが多かった。

ロールカーテンを閉めて電気も消した薄暗い病室で

一日中寝ていることが何度もあった。

副作用の一つらしい。 ステロイドの目薬をさしていたと思う。


腹痛と下痢もあり。 ただし前回のようにモルヒネを使うほどではない。

吐き気は前回同様。

抑制期後半は食べられなくなり、吐くばかりで栄養の点滴アップ。

脂肪分の補給なのか、牛乳のような点滴もあった。

     2010年追記 この牛乳のような・・・は、鎮痛解熱剤でした。



熱は 39.6度 まで。高熱が何日も続くということはないが、

上がったり下がったり。 これはこれで結構きつい。


CRP(炎症反応)は最高 8.75

赤血球と血小板の輸血は相変わらず。 10月2日まで続く。

白血球は12日にいったん 3,730 まで上がり、底は 23日の 150

28日からは白血球を増やす薬(G-CSF)を使う。

これまで骨髄性にはあまりこの薬を使わなかったが、今は使っても大丈夫だ

と主治医から説明があった。



途中肝機能の数値がアップしたり、Naが下がったりもしたし、

きつくて辛い毎日だったが、

1回目に比べると、何となく順調な感じはした。

親子共に、高熱や大変な状況に慣れただけかもしれないが、

38度台だとわりと元気に思えた。




20日にこれまでとこれからの説明をお願いする。


    骨髄検査の結果、寛解!
                      ※80%が寛解に入るらしい。 
    リスクは 中間リスク

    このあと 3回の強化療法 に入る。

    
夫も私も、2回目の治療がわりと順調に進んでいるし、

腫瘍細胞の浸潤 といわれた左ひじの傷も腫瘍細胞マイナスと言われたし、

何の根拠もないがなんとなく素人考えで勝手に

低リスクかも と予想していたので、

「・・・・・・・・・」




落ち込んでいてもしょうがない。

現実を受け入れて前へ進もう。







2010年3月3日(現在)


娘は今日、学校をお休みしてます。(-_-)

昨日の夜9時頃にねむいからと言って寝てしまって、

そのままずっ~と。

現在朝10時半ですが、起きる気配なし。(-_-)zzz

きっと、疲れがたまっているんだと思われ、熱は微熱だけど、

思い切って休ませました。

明日は外来。

ちょうど先生に診てもらえるので、

今日はこのまま寝かせておこうと思います。


テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

     

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プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(20歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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