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晩期障害のこと

長いです。




移植が終わって退院する時の主治医の説明の中に

晩期障害

というのがありました。

    小児の患者は、これから長い間生き続けていく中で
    治療から10年20年30年・・・と経つにつれ
    治療で投与した大量の抗がん剤や放射線や
    ステロイド等の影響で様々な障害が生じるであろう
    といわれています。
    心臓・肝臓、甲状腺、成長不良、骨、不妊、二次がん・・・
    小児がんが治るようになったと言われてから間がなくて
    まだまだ未知の領域だそうです。


移植するにあたってのリスクについては

入院直後と移植直前の2度にわたって詳しく説明を受ました。

GVHDについては、移植直後から起こりうる症状なので

一生懸命聞いたし、心配したし、真剣に考えました(考えてもどうにも

ならないんだけど考えました)が、

晩期障害については、これから移植を受けて元気になろうとする時に

その先のあるかもしれないないかもしれないマイナスな話は

今考えてもどうにもならないし、移植がうまくいかないことには始まらない

という感覚しかなく、思考を先送りしていました。





そして

無事退院。



あらためて

今後注意すべきこと、起こるであろうことは・・・ということで

GVHDのほかに

晩期障害の説明を受けました。



退院とともに突き付けられた現実という感じかな。

それでも気持ちは目の前の娘が病院に逆戻りしないことに集中していて

10年20年先の事はまだまだ考えられませんでした。




退院前の説明には

娘は1度目の退院(小5)の時は同席しましたが 
                     その時の記事
移植後(中3)は 「別に聞かなくていい」 と言って

同席しませんでした。        その時の記事

娘がどうして一緒に聞かなかったのかは分かりません。

どうせ前回と一緒だろうと思ったのか、そういうお年頃だったのか、

それとも嫌なことは聞きたくなかったのか。


説明が終わってからもどんな話だった?という事も聞かれないし、

こちらからも、これから気を付けないといけないことをいろいろ聞いてきた

という報告だけをしたと記憶しています。




不妊についてだけは再発が確定して入院する前にきちんと話をしました。(中2秋)
これだけは「聞いてなかった」では済まされない問題だと思ったから。(他もそうだと言われると何も言えませんが)
世の中には不妊で悩む夫婦はたくさんいるし、私自身も不妊治療の経験があるから気持ちを少しは分かってあげられると思う。子どもを持たない選択をする夫婦だっている。いろんな生き方があるんだから引け目を感じる必要はない。養子縁組だってあるし、医学は日々進歩している・・・というような事を話しました。娘がその時どう思ったか、そして今どう思っているのかは分かりません。
これに関しては、これから先いろんな困難が待っていると想像できるので、親として全力で支えなければならない事のひとつだと思っていますが、この話はまたの機会に。





晩期障害に話を戻しますが、

なかでも 「2次がん」 という言葉に引っかかって。

必ずなるわけじゃない。

ならないかもしれない。

きっとならない。

そもそも 「がん」 と言う言葉が受け入れられない。

そう思うとどうしても娘に話すことが出来ませんでした。

娘も見ているこのブログにも

晩期障害の説明の部分は 「いずれ記事にします」 としか

書けませんでした。





いつか話さないと・・・

年月が経つにつれ少しずつそう思えるようにはなったものの

きっかけもなく

4年の月日が流れ・・・





2015年5月

とある報道関係の方から

病気の事をどれくらいどんなふうに娘さんに告知していますか?

という取材を受けることになりました。


娘も同じように取材を受けることになっていたので

これはチャンスなのかも



背中を押されたように

娘に晩期障害について話をすることが出来ました。



治療をしたことによって10年以上経って出てくる障害があること
何がどうなるかは人それぞれでまだはっきり分かってはいないということ
例えば1年に1回心臓を検査しているのも経過を見ているからだということ
不妊やホルモン剤を飲んでいるのも治療による障害だということ
2次がんになる可能性があること
でもそれらは必ずなるわけではなくて可能性が高いとういうこと
・・・・・・・・・・・


やっと話せました。

そして娘も真剣に聞いてくれました。





最初からきちんとすべてを包み隠さず話せるお母さんもいれば

子どもには病名は伏せていますと言うお母さん

今伝えられることだけを伝えると言うお母さん

いろんなお母さんがいらっしゃいます。

私も最初は「がん」という言葉も病名も娘には話せませんでした。

血液の病気だよ 

強い薬を使うから気持ち悪くなったり髪が抜けたりするよ

と、主治医にお願いして 「がん」 と言う言葉を省いて

告知してもらいました。

さすがにきちんと話さなくちゃと思い直して

病名は数カ月経ってから私の口から伝えましたが、

それでもとても勇気が必要で、

迷いながら悩みながら

自分の気持ちと娘の体調と機嫌のタイミングを見ながら

やっと・・・でした。




どうすることがいいことなのか

子どものためには正しく伝えることが大事なんだろうけど

こちらの気持ちがついていかないうちに話すことで

不安な気持ちにさせてしまう事もあるかもしれない。

これって言いわけかなぁ。


きっとその子の性格やその時の状況や病状や 

家族の考え方や気持ちや いろんなことが合わさって

その家族ごとの正解があるんだろうと思います。

というか、そう思いたい。





なんだか話がそれましたが

要するに今回の記事は

晩期障害ことを

2次がんのことを

4年経ってやっと娘に話すことが出来ました

というお話でした。




皆さんはどうされていますか。



テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

     

コメント

晩期障害の事…
僕もいつも気になっています。
直人は男の子ですが子供を授ける能力的な事に関しては同じ事を言われました。
病名の事も最近自分で調べる様になり色々聞いて来るようになりました。
発病から再発の6〜7歳当時は血液の病気としか言ってなかったのですが最近は白血病として伝えています。
移植当時、命を落としかけた事も本人も分かっているし普通の病気ではない事にも子供なりに分かっていたみたいでした。
晩期障害の事もこちらから説明しなくても自分で気づいてしまうのかな?って思います。今は昔と違ってそう言う情報はすぐに手に入ってしまいますからね。
その時直人がどういう風に感じるのかは少し不安ですが…
とりあえず今は全日本のカートの事で頭がいっぱいみたいです。
前回の岡山では怪我を押して強行出場しましたが惨敗でした。
次回の岐阜での大会に向けて練習では絶好調です。
出場台数18台、テッペン目指して頑張って来ます。
http://festika-miz.com/user_file/ONno9_EntryList.pdf

No title

うちは最初から病名を告げています。
でも初発は4年生。分かっているのか分かっていないのか~、案外けろっとして聞いています。

中学になり昨年はみんなと同じペースでの部活ができなかったり、日焼け防止対策バッチリにしていたので「なんの病気だったん?」ってお友達に聞かれてはっきり病名を相手に伝えたらしいです。
相手は「ふーーん」の一言だったらしいのですが。
移植して二年以上の今でもお腹の調子が悪かったり吐き気があったりするので「GVかな?」って本人も軽く言っているのですが、本当にどこまで理解しているのか、私が言っているから真似して言っているだけなのか…不明です。

2次がんのこと、気になりますよね。私は他の人よりちょっとだけ確率が高くなるかもって言われて、くわしい話は聞いていないです。色々心配になり不安にもなりますが、昔以上に農薬や化学物質、放射線、電磁波に囲まれ、それだけでもリスクですもんね。

食事と楽しむときは楽しむ、取らなくてもいいものは取らない(なるべく無添加を)とはしています。
とは言っても根っからの甘党なので甘いものばかり食べてますけど~。
本人も私も無理しない程度でやれることを少しでもできたらなって思ってます。

もうちょっとしたら本人が病気のことを理解して不安や心配をする時が来るんだろうなと
最近ちょっとずつ思っています。

初コメントです。このブログは、もう4年前から読ませていただいてます。うちの娘はフル移植を2回しているので主治医から妊娠は無理と考えてくださいと言われていました。来年4月には大学進学予定です。決まったらまだ話していない病名も含めて不妊のことも話そうと考えています。
現在ホルモン治療もしていますが、卵巣機能が回復している気配はありません。
何から話そうか、どう話そうか、将来娘に好きな人ができたとき、不妊という現実はどれ程辛いものかなど考えただけで苦しくなります。
親としては生きていてくれればそれでいいと思ってますが、娘に同じ思いを押し付けるわけにもいきませんよね。
今、iPS細胞にも期待してるんですが…
今後も読ませていただきます。

がんてつさんへ

ネットでなんでも調べられる時代。多分娘も自分で検索していろいろと知識は得ていたと思います。
だからこそ間違った情報が入ってしまうのではと心配だったんですが、自分の口で自分の言葉で娘に伝えたくてこんなに時間がかかってしまいました。4年はちょっとかかり過ぎ?笑

直人くん、質問してくるんですね。前向き! 
子どもが知りたいと思った時に正しく冷静に話せるようにこちらも常に準備しておかないと。頑張ろうっと(^_^;)


怪我を押して頑張った直人くん、無理しないかちょっと心配だけど、その根性があればこの先どんなことも乗り越えられますね。頼もしいです。
全国転戦、道中もどうかお気をつけて。健闘を祈っています!

chikaさんへ

分かっているのかいないのか~  よく分かります。うちも5年生の治療中に病名をやっと話せた時、「ふ~ん」の反応でした。こちらは意を決して話したのに。分かっている部分と分からない部分とどちらも同じくらいある年齢だったんだと今なら思えますが、当時はこっちがパニック状態で。
年月を経て徐々に理解できる事が多くなっていくんでしょうが、その時に襲われる不安な気持ちを考えると、親として何が出来るのかどうやって支えればいいのか、悩みますよね。

お友達に病気の事を話せるようになるのも一つのハードルを越えた証拠だと私は思います。自分がそれを受け入れないと人には話せないと思うから。(誤解のないように・・・このハードルは越えなくてもいいハードルだとは思います。人それぞれだから話さなくても別にいい。でも話せたらそれはすごいことだと思います。)

取り巻く環境も心配なことはたくさんありますが、せっかく繋がれた大事な命、気を入れたり抜いたりしながら楽しく過ごすことに私も同感。
頑張りすぎないように頑張っていきましょうね!

ミスドさんへ

はじめまして。コメントありがとうございます。
お返事大変遅くなり申し訳ありませんでした。

移植2回ですか。大変な経験をされたんですね。うちとはひとつ違いでしょうか。同い年かな?
不妊の事を伝えるのはもしかしたら病名を伝えるより辛かったかもしれません。なんせうちはこども好き。小さい子どもを見ると「可愛い~♪」とよく言っていましたから。ほんとに辛かったです。ミスドさんのおっしゃるとおり今でもそれを考えると苦しくなります。
卵巣機能も同じく回復気配は今のところなし。仕方ないんですけどね。少しくらい兆しはないのかとついつい思ってしまいますよね。

私は時々、元気になった女性のブログで不妊の気持ちを綴った記事を読んでみたりして娘がどんな気持ちでいるだろうかを勉強させてもらってます。想像しか出来ないけど少しでも理解出来るならしてあげたい。
これから先いろんなことが待っているでしょう。それを考えるのも辛いですよね。

ミスドさん。これからも読んでくださいね。私も心強いです。よろしくお願いします。

はじめまして

はじめまして
1年半前に娘が先天性好中球減少症という病気で骨髄移植をうける事になりブログ拝見ささてもらってます。
娘は今中2で今日DAY0なんです。
同じ年頃の娘さんのブログでとても共感できるところ多く
娘の移植も必ずうまくいくと信じて祈ってます。
晩期障害の事もまだ話せてません…
同じ所でブログかいてるので
またお話し聞かせて下さい。

涼さんへ

涼さん、初めまして。
コメントありがとうございます。

Day0なんですね。
今頃は移植の真っ最中でしょうか。無事終わった頃でしょうか。
きっと不安いっぱいでこの日を迎えられたことと思います。そして生着まで心配でたまらない日がもうしばらく続くかとは思いますが、大丈夫。うまくいきます。
娘さんの生命力を信じて!乗り切ってくれることを信じて!

1日は長いけれど、1日1日を積み重ねたその先に少しずつゴールの光が見えてきます。
私も移植先輩お母さんから「必ず光が見えてきますよ」と励まされたので同じくこの言葉を送ります。

不安な時はいつでもコメント下さいね。
娘と二人、祈っています。
Secre

     
プロフィール

bokuranoasita

Author:bokuranoasita
保育の専門学校生の娘(19歳)の母親です。
同病の方の参考になれば。 
初発→プロトコールAML05  
   (中リスク)
再発→プロトコールAML05    
   を3回まで
   &造血幹細胞移植

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